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熊本地方裁判所御船支部 昭和49年(ワ)29号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら)

一  被告崎山宗枹は、原告早瀬正徳に対して金七九三万七、六二八円、原告早瀬早月に対して金七一四万一、六七八円、原告宮本剛に対して金六一五万四、六二三円、原告宮本良子に対して金五九〇万六、一四三円、及びこれらに対して昭和四八年九月一四日以降支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

一  訴訟費用は、被告崎山宗枹の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決

第二当事者双方の主張

(原告ら)

「請求原因」

一  訴外早瀬孝幸、同宮本律子外一名は、昭和四八年九月一四日午前一時頃、元相被告川村武久運転の普通乗用車(セリカ、沖578855)に同乗して国道五七号線を熊本市から大分方面へ進行中、熊本県阿蘇郡波野村大字小池野九六二―二に差しかかつた際、同所は緩やかなカーブとなつているのに右川村武久が法定制限速度六〇キロメートルのところ毎時一〇〇キロメートル以上の速度で走行して運転操作を誤つたため右乗用車はガード・ロープ支柱に激突し、その結果訴外早瀬孝幸は全身打撲(頭部他全身の擦過打撲傷)、訴外宮本律子は全身打撲(胴体から真二つになつている)によりそれぞれシヨツク死(即死)した。

二  被告崎山宗枹は、右車両(以下本件車という)の所有者であり、よつて自己のために運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法三条に基づき原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

三  原告早瀬正徳、同早瀬早月は、右早瀬孝幸の父母である。

早瀬孝幸は、昭和二七年一月一八日生で、事故当時二一歳の身長一七八センチメートル、体重七五キログラム、柔道初段、空手の技も身につけた性質温厚、両親思いの思想温健な男子で、当時熊本工業大学電子工学科四年在学中で、昭和四九年三月卒業見込みて大阪電子センターに就職が内定しており、就職後は賞与を含めて年間金九五万〇、四〇〇円(月間金七万九、二〇〇円)の収入を得る見込みであつた。

早瀬孝幸の死亡により原告早瀬正徳は別紙早瀬関係損害表、一記載のとおりの支出を余儀なくされて損害を受けた。早瀬孝幸は死亡によつて同表二記載のとおりの逸失利益の損害を蒙つておりまた原告早瀬正徳、同早瀬早月の慰藉料及び本訴提起のための弁護士費用は、同表三記載のとおりである。なお原告早瀬正徳、同早瀬早月は、早瀬孝幸の相続人として右逸失利益の各二分の一づつ相続している。

ところで原告早瀬正徳、同早瀬早月は、昭和四八年一二月二八日に自賠責保険から各二五〇万円づつの支払を受けているので右損害金合計からこれを差引いたものが、早瀬孝幸の死亡により蒙つた損害として各原告が本訴において被告崎山宗枹に支払を請求している分であるが、その計算関係は同表四記載のとおりである。

四  原告宮本剛、同宮本良子は、前記宮本律子の父母である。

宮本律子は、昭和二七年七月三日生で中学校卒業後就職し、昭和四六年に美容師の免許をとり事故当時美容師として働いており賞与を含めて年間七四万〇、四〇〇円(月額金六万一、七〇〇円)の収入を得ていた。

宮本律子の死亡により原告宮本剛は別紙宮本関係損害表一、記載のとおりの支出を余儀なくされて損害を受けた。宮本律子は死亡によつて同表二、記載のとおりの逸失利益の損害を蒙つており、また原告宮本剛、同宮本良子の慰藉料及び本訴提起のための弁護士費用は、同表三、記載のとおりである。なお原告宮本剛、同宮本良子は、宮本律子の相続人として右逸失利益の各二分の一づつ相続している。

ところで原告宮本剛、同宮本良子は、昭和四八年一二月二六日に自賠責保険から各金二五〇万円づつの支払を受けているので右損害金合計からこれを差引いたものが宮本律子の死亡により蒙つた損害として各原告が本訴において被告崎山宗枹に支払を請求している分であるが、その計算関係は同表四、記載のとおりである。

五  よつて原告らは右各損害並びにこれらに対する本件事故発生日たる昭和四八年九月一四日以降支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一項記載事実は不知

同二項記載事実中、本件車が被告崎山宗枹の所有であることは認めるが、同人が運行供用者であることは争う。本件においては、被害者らが自ら運行供用者であつて同人らは自賠法三条にいう「他人」には該らない。よつて被告崎山宗枹は本件について損害賠償の責を負わない。その詳細は抗弁において主張する。

同三項、四項記載事実中、原告らと被害者らの身分関係、被害者の状況等については不知、原告ら主張の損害額については争う。

「運行供用者でない点の抗弁」

一  前記のとおり本件車は被告崎山宗枹の所有であるが左の事情により被告崎山宗枹は本件事故による原告らの損害につき損害賠償の責を負わない。

すなわち本件車は被告崎山宗枹が昭和四八年八月始めから、実子たる訴外崎山肇に一時使用させていたもので、同訴外人はこれを当時在学していた熊本工業大学への通学用として使用していた。

元相被告川村武久と原告らの実子を含む被害者三名は共同してドライブすることを企て共同して右訴外人から本件車を借り受けたものであるが、被告崎山宗枹は右訴外人が、元相被告川村武久らに貸与したことをにつきまつたく関知していないし、またかかることを予想していなかつた。

二  さらに元相被告川村武久及び被害者らは、訴外崎山肇から本件車を借受けるに際し、同訴外人に対して、急用のため本件車を一五分程度貸与して貰いたい旨願い出たのである。同訴外人は当時本件車にはほとんどガソリンがなかつたので、一五分程度の運行しか可能でないので近距離だけなら貸与する旨明示してこれを貸与した。従つて同訴外人としては、元相被告川村武久及び被害者らが遠距離ドライブをすることなどまつたく予想していなかつた。

後日判明したところでは、元相被告川村武久及び被害者らは、途中で自らの費用でガソリンを購入して本件車に充満し訴外崎山肇の意思に反して遠距離ドライブを実施したものである。特に被害者宮本律子は、元相被告川村武久が途中でドライブに勧誘して同乗させたものである。

三  右事実関係からすると、右訴外崎山肇は勿論、被告崎山宗枹にとつても、本件事故に至る元相被告川村武久及び被害者らの本件車の使用はまつたく予想外のことであるから、共に本件車を運行の用に供した者ではない。結局被告崎山宗枹の関係では被害者らが運行供用者の地位にあり、よつて同人らは自賠法三条にいう「他人」に該当しない。

よつて被告崎山宗枹は、自賠法三条による責任を負わない。

「過失相殺の抗弁」

一  仮に被告崎山宗枹が責任を負うとしても、被害者らはいずれも好意同乗者であり、且つ被害者らの過失が競合して本件事故が生じたのである。

すなわち本件事故は、元相被告川村武久が雨天の夜中の国道を時速一〇〇キロを越える高速で暴走したことに起因するのであるがこのスピードで疾走した際元相被告川村武久において被害者らに対して、「事故でみんな死んでしまうぞ」と言つたのに対して、被害者宮本律子は、「死んでもかまわん」と発言し被害者早瀬孝幸は、自身自動二輪車の運転免許を受けているのにかかわらず右速度で疾走することに和したのである。

二  結局本件事故は女性を含む独身青年達によるドライブにおいて、特殊な雰囲気が醸成されそれで暴走することになつたのが、事故の原因である。

そうすると被害者らは元相被告川村武久と共謀して暴走したもので、その点につき故意に近い過失があり、従つて本件事故の発生は、自傷行為にも評価されるので、被告崎山宗枹の賠償責任は、免除さるべきである。そうできないとしても、被害者の過失は重大なので大幅に過失相殺さるべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告ら主張の本件交通事故が発生し、原告早瀬らの子早瀬孝幸、及び原告宮本らの子宮本律子が死亡したことは、成立につき争いのない甲第六号証、同第八ないし第一三号証によつてこれを認めることができる。

二  しかるところ右事故当時本件車が被告崎山宗枹の所有であつたことについては当事者間に争いがないものの、同被告は、事故当時本件車の運行供用者の地位を喪つており、従つて本件事故によつて蒙つた原告らの損害につきその責を負わないと抗弁する。

よつて被告の右抗弁について検討するに、前記甲第九ないし第一三号証、成立につき争いのない甲第一ないし第五号証、同一四ないし第一七号証、証人崎山肇の証言によつて成立の認められる乙第一号証、及び同証人の証言を総合すると、元相被告川村武久及び被害者早瀬孝幸、同宮本律子らが本件車に同乗するに至つた経緯及び本件事故の態様は左のごときものであることが認められる。

(一)  被告崎山宗枹は、沖縄県内に居住しているがその子崎山肇は、本件事故当時(昭和四八年九月当時)熊本工業大学生で、熊本市子飼本町に下宿していた。当時同人は四年生で卒業研究にかかつていたのであるがその研究の大半が調査活動で自動車を必要としたため、被告崎山宗枹に頼み、その所有の本件車を昭和四八年七月末頃借受け沖縄から熊本に運び、以来これを使用していた。

本件車は四八年型で当時は新車であり、崎山肇が借受けた当時には八〇〇キロ位しか走つておらずその直後の同年八月六日に一〇〇〇キロ定期点検整備を受けた。従つて当時同人は本件車に非常な愛着を持ち、慣らし運転を専らとし、無理な運転をしないようにしていた。

(二)  元相被告川村武久、被害者早瀬孝幸も当時熊本工業大学四年生で崎山肇と交遊関係にあつた。被害者宮本律子は、本件事故当時美容師として働く一方夜間は熊本市子飼のスナツクで働いており、右川村武久と顔見知りであつた。

また元相被告川村武久は後に述べる平島孝一とも交遊関係にあり、その関係で崎山肇も平島孝一の顔を知つていた。

(三)  昭和四八年九月一三日夜、右川村武久、早瀬孝幸、平島孝一は集まつて話をしているうち、川村武久が自動車運転免許を有するところから同人の運転でどこかへドライブに行く旨話がまとまつた。

そこで右三名は、同日午後一〇時過ぎ頃、崎山肇に自動車を借りるべく同人の下宿先へ赴いたところ、崎山肇の下宿先は一階が喫茶店になつており、そこで同人を見つけた。この時同人は、本件車を利用して前述の調査活動を終えて帰宅しこの喫茶店でくつろいでいるところであつた。

そこで川村武久において崎山肇に本件車を貸してくれるよう交渉を始めたのであるが、その際同人はこれから三人でドライブに行くことを隠し、少しの間だけ本件車を貸してくれるよう崎山肇に頼んだ。

(四)  崎山肇は、車を他人に貸すことを好まず、前記のとおり調査活動に本件車を利用したためほとんどガソリンがなくなつていたのでこれを理由に貸すことを一旦断わつた。

しかるに川村武久において急用で少しの間だけ本件車を借りるだけである旨熱心に頼むので、崎山肇は、川村武久がガソリンがほとんどないことを知りながら本件車の貸与を頼むのであるから真実急用で且つ直ちに本件車を返却してくれるものと判断し同人の頼みに応ずることとした。

しかし川村武久が運転席につき、他の二人が乗り込んだ際に、崎山肇は川村武久に本件車の運転方法について説明する一方、現在慣らし運転中であるからスピードを出さず、大切に運転してくれるように念を押した。

(五)  こうして川村、早瀬、平島の三名は、本件車を崎山肇より借受け前同日午後一一時川村武久の運転でドライブに出かけたのであるが、出発直後喫茶店の勤めを終えて帰宅中の被害者宮本律子を見つけドライブに誘つたところ承諾を得たので総勢四名で出かけることとなつた。

しかるところ前記のとおり本件車にはほとんどガソリンがなかつたので、ガソリンスタンドを見つけ出し平島孝一の負担で四〇リツトルほどのガソリンの給油を受け、大津町を経て国道五七号線を阿蘇方面に向けて進行した。

(六)  当時深夜で車も少なかつたので川村武久は一〇〇キロ近い速度で進行し、カーブでは「キキー」というコーナーリングの音がしていた。しかし特に危険を訴えた者はなく、平島孝一においては「とばせ」などと言つたりした。また川村武久がそろそろ帰ろうと提案したのに、他の者は反対し、結局そのまま進行することになつた。

そして時速一〇〇キロ近くで進行する他の車と抜きつ抜かれつしながら、九月一四日午前一時頃、熊本県阿蘇郡波野村の本件事故現場に差しかかつたのであるが、この時右追い抜き合いをしていた車に追い抜かれてこれに追従していた。そこで川村武久において一〇〇キロ近くで進行するこの車を追い越すべく加速し(すなわち時速一二〇キロ以上の速度に加速したことになる)、これを追い抜いたのであるが、その直後道路が右にカーブしているのに気がついた。そこで同人は、左車線に戻るべくハンドルを軽く左に切りブレーキを踏んだところ、突然車の後部が左に振れて滑走を始めた。川村武久において急きよブレーキを離すなどの操作をしたのであるが車はそのまま滑走し右側のガードロープの支柱に激突した。

その衝突のすさまじさは、支柱が一〇センチもずれ、本件車は中央部分で二つに切断したのみならず、被害者宮本律子も二分されたという有様であつた。

(1)  なお川村武久は昭和四五年三月に普通免許をとり、自動車運転については経験を有していたが、崎山肇から本件車を借り受けた当時下駄ばきであつたことから、本件事故に至るまで終始はだしで運転していた。

三  右認定事実を前提とするとき、外部関係(一般の通行人等)に関してはともかく、本件車の所有者たる被告崎山宗枹と被害者早瀬孝幸、同宮本律子両名の間においては運行支配は無償同乗者たる被害者早瀬孝幸、同宮本律子に移転し、同人らに関して生じた損害はこれを請求し得ないと断じざるを得ず、よつて被告崎山宗枹の抗弁は理由があると認められる。

すなわち右の点は、被害者早瀬孝幸については、同人は本件事故当時本件車を管理していた崎山肇から本件車を借りるにつき関与したのみならず、同人の意に反してドライブに出かけ、さらに借受けの際同人から受けた指示とはまつたく相反する無謀な運転を川村武久においてなすのを黙認、もしくは放置したのであり、このことはまさに被告崎山宗枹に対する関係では同人が運行供用者として振舞つたと評価するのを相当とする事情である。

次に被害者宮本律子に関してであるが、なるほど同女は早瀬孝幸と異なり、川村武久が崎山肇から本件車を借受けるのに加担したわけではなく、崎山肇の指示を聞いているわけではない。しかし前認定の川村武久の本件事故の原因となつた無謀運転の車に好意同乗者として同乗していたのであり、さらに前記甲第一三号証(川村武久の司法警察員に対する供述調書)によれば川村武久がかかる無謀運転をなすに至つたのは同女がこれを煽つたこともその一因であることがうかがわれるのである。そうすると同女についても被告崎山宗枹に対する関係では運行供用者として振舞つたと評価せざるを得ない。

四  そうすると本件車の運行供用者であるとして、被告崎山宗枹に対して本件事故によつて生じた人的損害を請求する原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないこととなる。

よつて原告らの本訴請求をすべて棄却することとし訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条本文を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 岡部崇明)

早瀬関係損害表

1 葬祭費等

〈省略〉

2 逸失利益

〈省略〉

3 慰藉料、弁護士費用

原告 早瀬正徳分

慰藉料 400万円

弁護士費用 5万円

原告 早瀬早月分

慰藉料 400万円

弁護士費用 5万円

4 計算関係

原告 早瀬正徳分

葬祭費等 795,950円

逸失利益相続分 5,591,678円

慰藉料 4,000,000円

弁護士費用 50,000円

合計 10,437,628円

保険による支払分 2,500,000円

差引合計 7,937,628円

原告 早瀬早月分

逸失利益相続分 5,591,678円

慰藉料 4,000,000円

弁護士費用 50,000円

合計 9,641,678円

保険による支払分 2,500,000円

差引合計 7,141,678円

宮本関係損害表

1 葬祭費等

〈省略〉

2 逸失利益

〈省略〉

3 慰藉料、弁護士費用

原告 宮本剛分

慰藉料 400万円

弁護士費用 5万円

原告 宮本良子分

慰藉料 400万円

弁護士費用 5万円

4 計算関係

原告 宮本剛分

葬祭費等 248,480円

逸失利益の相続分 4,356,143円

慰藉料 4,000,000円

弁護士費用 50,000円

合計 8,654,623円

保険による支払分 2,500,000円

差引合計 6,154,623円

原告 宮本良子分

逸失利益の相続分 4,356,143円

慰藉料 4,000,000円

弁護士費用 50,000円

合計 8,406,143円

保険による支払分 2,500,000円

差引合計 5,906,143円

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